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2012.01.31 Tuesday

地球と地震と人生と

 今まで一般人は、テレビや新聞から一方的に情報を受けるだけの体制だった。

これを『Web1.0(ウェブイッテンゼロ)』と呼んだ。


いずれインターネットの普及により、誰もが簡単に情報を発信できるようになった。

人類のバージョンが明らかに変わった。これを、『Web2.0』という。




利便性や可能性が増したのは明白だが、

本来正義感溢れる記者だけが情報を発信する使命を背負っていたのに対し、

情報の発信が安易になってしまった以上、デメリットは『デマが飛び交う』ということ。

これからますます、真実かデマかを見極める力が必要になってくるだろう。

その真実を見抜く力のことを『見識』という。


だが、ペンギンが寒い地で生き抜くために、進化の中、

その体型にあらゆる寒さ対策が施されているように、



人間も環境に合わせて進化を遂げる優れた生物。

その能力が一番ずば抜けていたから人間は地球のリーダーなのである。


つまり、逆をいえばこの『Web2.0』以降の時代、最初の混乱さえあっても、

いずれ人間の見識は研ぎ澄まされていく。



震災からもうすぐ一年。



高層マンションは上に行けば行くほど揺れが大きくなる。

東京の私の家は9階だったので、初めての死を覚悟するほどの揺れだった。

周りの反応を聞くと、おそらく周りでは私が一番それを感じたのだろう。


私には雄々しく生き、弱音や妥協を許さない人生を送る決意があるが、

あの時、細胞に植え付けられた恐怖の体験は、誤魔化すことができない。


別に、地震に怯えているわけではない。

だが、地震があれば、一瞬にして当時の記憶が甦り、全身の細胞が警戒態勢に入り、

自己防衛本能に突き動かされる。

私ですらこうなのだから、直撃した被災者のストレスは計り知れないものだろう。


あれから慎重に、余震、噴火、次震について目を見張り、

過去の歴史、海外の状況等にも目を配り、

人間のエゴな視点ではなく、『地球』という一つの活動という単位で冷静に目を見張った。




1000年単位の周期で動く地球という単位の動向に、人間が太刀打ちすることなどできない。

寿命が最低でも100億年あると考えられている地球からすれば、

我々の人生の間に起こる地震など、『しゃっくり』のようなものだ。


私は恩師に、『人間ウォッチャー』という異名をつけられたことがあり、

弁護士を勧められたことがある。

真実の追及への執着心が強いゆえの洞察力が人一倍鋭いことは自分でもわかっていた。


一歩環境が違っていたら、弁護士や検事、新聞記者、あるいは違った形の指導者となって、

真実を追求していたことだろう。

だが、今の私の人生が、私の本当の人生なのだから、他の人生の可能性を悔やむことなどない。

私は例えば友人が9人『黒』と言っても、

私は真実の『白』を取り、1人になることなど恐れなくなった。


友人を失うのが怖くて『黒』と言い、真実を偽る。この考え方は間違っている。

そもそも、そんなことを(真実をねじ曲げ)させる人間は、『友人ではない』のだ。



そんな私の見識に、少しは耳を傾けてもらう価値はあると思う。

ここからが本題だが、

私の勘では、我々の人生の間に、また大きな天災が起こるような気がする。

決め手は今日のニュースだ。

次の余震が、『M7程度と予想されていたのが、M8以上が来ると訂正された』というもの。


『来なければいい』という感情は、人間のエゴ。

『来ないと思っていた』のは、70億人全ての人間の、無知無力の確固たる証拠。


そしてこの情報は、真実であると断言する。

この科学者に信頼があるわけではない。

だが、地球というこの圧倒的な単位と、『人間の盲目』という視点で考えた時に、

文句のつけようがない話だから、そう判断するのだ。


今度は皆死ぬかもしれないが、そのときはそのときだ。

いずれ死ぬんだから、それが早まっただけで、

そのときは死んだ家族にでもまた会えると思えばいい。


だが、最後まで生きることを粘ったっていいだろう。

どうせ死ぬ運命に生まれた人間には意地があり、地球を維持し、

子孫へと命をつなぐ、可能性をバトンタッチをする意義がある。



備えあれば憂いなし。


それぞれ近くに居る家族と話し合い、いずれ来る天災への備えをしてはどうだろうか。

たったの1時間でもいいから、真剣にこのことについて考えてみたって、損はないだろう。

 

2012.01.31 Tuesday

2012年01月30日のつぶやき

13:32
強制的ではない矯正 http://t.co/Mw5qCUfC #jugem_blog
2012.01.30 Monday

強制的ではない矯正


強制的ではない矯正


今回のPRESIDENTで、


またサイバーエージェントの藤田社長を今一度見直すことになった。





私が偉そうに言う身分ではないが、

堀江モンとの交友しかり、出会い系しかり、

何かと"真っ白"と断言しづらい同社長であったが、

ここ数年の発言は人間として、的を得ている印象を受ける。


どこかのインタビューでも言っていたが、"何かと"、学んできたのだろう。

人として成長しているのが目に見えてわかる。

例えば、


以下の三タイプの人材を、管理職としてふさわしい順に並べるとどうなるだろうか。

A 人格がよくて、実績のある人

B 人格が悪くて、実績のある人

C 人格がよくて、実績のない人


と読者に質問して、文末に自分の考えを言うわけだが、

最近の同氏の、若年層の社長抜擢の勢いなども引っかかり、

正直、数年前までの彼への印象ならば、 『B』 と言いだしそうで一瞬疑ってしまった。

だが、その後すぐに

(いや、今の彼なら・・・)

と信用してみようと思ったことが、彼の何よりの成長の証拠だと確信する。


私が生きていた環境も、人格などは追求されないような、

実力主義の世界だった。

金、金、金。



勢いに権力に、勝気な腕力さえあれば、どこまでも高みに登れると過信し、中には

『自分の祖先は武将だ』

と根も葉もない作り話をつまみに、傲慢に飲酒に酔いしれる者もいた。

つまり、ここでいう 『B』 が重宝される環境だったのだ。


藤田氏のような、若くして偉業を成した勢いのある人間も、

とかく虚栄に酔いしれてしまいがちだ。

だが、ITバブルの崩壊、


女優、奥菜恵との離婚、


戦友、堀江貴史の失敗、


先輩、村上ファンドの一件等、



波乱万丈な生活環境の中で教訓を得て、

人間として彼は、確実に一つ上のステージに昇華しつつある。


人間の原則を学び、知性を磨けば、この『人格』というものをおざなりにして人生を考えることは、

典型的な"盲目"だということがわかってくる。


全世界で、実に2000万部もの売上を上げた『7つの習慣』



でも、

『個性主義と人格主義』の決定的な違いについて説いている。


藤田氏は文末に、

『実績があって人格の悪い人間、

つまりBタイプの社員は絶対管理職に上げないようにしている。

なまじ自信を持っているだけに、このタイプの扱いが、最も厄介だからである。』


と答えた。

彼の順番は私と同じ答えの、 A→C→B だったのだ。


我が社でも、社員への教育は設立当初から、この『人格』を無視する教育は、

絶対にしてこなかった。

いくら金を儲けても、人間として欠落しているのであれば、

いつまでたっても本当に幸せにはなれないということを、

私もまた波乱万丈な自分の半生で、学んでいたからだ。


この、『人格の矯正』から逃げる者もいる。


だが、人として人生を生きている限り、逃げても必ず向き合うことになる。

それなら、この藤田氏のように、強制的にではなく、

自分からすすんで矯正する道を選ぶ、英断ができるかどうか。

その判断が人生を大きく左右する。



強制的ではない矯正

2012.01.30 Monday

2012年01月29日のつぶやき

11:07
J・エドガー http://t.co/O9vZWsxN #jugem_blog
2012.01.29 Sunday

J・エドガー

 J・エドガー



まだ警察の捜査に『指紋』という概念が無い時代、

アメリカの司法省に、傑出した見識と正義感を持った一人の男がいた。


その男は『捜査』の在り方を変えて、数々の歴史的事件を解決し、アメリカに大きな歴史を残した。


なにしろ、あの"FBI"を創ったのが、このJ・エドガーその人なのである。


J・F・ケネディしかり、実に8代のアメリカ大統領を重要な立場として見守ってきた、

初代FBI長官、J・エドガー。


『大統領も頭が上がらない陰の実力者』。

アメリカ中の人間がその名前を知っているが、その全容は謎だった。


この映画で、彼の正体が包み隠さず明かされる。


J・エドガー

2012.01.28 Saturday

2012年01月27日のつぶやき

22:27
仕事ができない人は何ができない? http://t.co/dVuJV52o #jugem_blog
10:02
未来服"アウトラスト" http://t.co/W28oqrAf #jugem_blog
2012.01.27 Friday

仕事ができない人は何ができない?

━R-25から抜粋

仕事ができないために、職場で肩身の狭い思いばかりしている筆者。

なんとかしたいと思ってはいるけど…。

でも、そもそも「仕事ができない人」とはどんな人なのか?




失敗を繰り返す人? 成績が悪い人? 

でも、職業によって仕事っていろいろあるし、この不況な世の中じゃ、

頑張ってもなかなか成果が出ないこともある。

そんな人を「仕事ができない」と言い切ってしまうのは、なんだかちょっと違う気も…

(まぁ、こういうことを言うと「そうやって言い訳するヤツは仕事できない!」って怒られるんだけど…)。


では「仕事ができない」というのは何なのか? 

そのメカニズムについて調べてみた。


「“仕事ができない”という評価が下されてしまうのは、大きく分けて3つのタイプですね」とは、

社会人向けの教育研修事業を展開するインソース企画開発部部長の大畑さん。


「第1に“コミュニケーション能力不足タイプ”。

こういった人は『空気が読めず気が利かない』『人の気持ちがわからない』など、

相手の考えや立場を察した行動ができません。

また『自分の失敗を上司に知られたくない』『そんなに重要だと思ってなかった』

などの理由から、“報・連・相”(報告・連絡・相談)を怠ってしまう人もこれに含まれます」


さっそく思い当たるフシが多々あり、冷や汗たらり…。


「第2に『仕事に優先順位がつけられない』

『スケジュールが立てられず納期の管理ができない』

『“自分がどれくらいでその仕事を処理できるか”が把握できてない』など、

“事業内容を把握するのがヘタなタイプ”です。

物事を客観的に見ることができないのが原因ですね」


このタイプは若手に多く見られるとか。そして3つ目は…。


「“成長するという意識が低いタイプ”です。

いわゆる“傷つきたくない症候群”で『怒られないように』だけを行動様式にしてしまう。

結果、今できることにしかチャレンジできず、自ら学ぶチャンスを喪失。

成長の“伸びしろ”がないと判断されてしまいます」


何もしないのが一番の大失敗、ということでしょうか。

では、どうしたら“仕事ができない”を返上できるんですか?


「“仕事ができない”人に共通してみられるのは、“自分目線”が強すぎて、

上司や先輩、取引先など相手側に立って考えられないことが主な原因です。

相手側の視点に立って物事を考えられれば、自分を客観的に見る視点も身に付くようになり、

だいたいの仕事はスムーズに進みますからね。

手始めに、好きな先輩やデキる上司の行動をマネてみては?」


「仕事ができない」仕組みを知って、なんだか“デキる人”になれたかも!

 …こうやって調子に乗るのも、仕事ができない人の特徴です…ね。

(鷹羽健介/short cut)



後記

自分本位な人間は、絶対に通用しないようになっている。

その真理は、いたるところにサインが出ているはずだ。

万が一『膨張』しても必ず弾ける。

そう、なっているのだ。

2012.01.27 Friday

未来服"アウトラスト"

 

地球の最前線にあるテクノロジーが、NASAにある。

地球の『外』に出るのだから、モチベーションは当然『人類の代表』として、

『全身全霊』なのだ。



例えばこの『アウトラスト』。



かのヒートテック系統の最先端にある技術、素材がこの『アウトラスト』。


外気の温度に応じて熱を吸収・放出することで、肌の表面温度を快適なものに

保つことができる優れ物だ。

アウトドア市場でポツポツと頭角を現しつつあるが、

来月、あのDIESELが、



この素材を使用してジーンズを発売する。

同社が、自社以外の生地を使用してジーンズを生産することは、初めてだという。



莫大な資産と規模、そして情熱が込められた、テクノロジーの最先端の、NASA。


ここから技術が降りてきて、一般市場に出て、そして末端の小売店に行きとどくのに、

20年もあれば十分だろう。


いつだって人は、安くて、良質なものを好む生き物だ。

日本人が草履や雪駄から靴に履き替えたように、

ユニクロがヒートテックを、インフラのように人間のインナー概念に植えつけたように、


いずれ世界中の洋服が、デザイン性と機能性の両面を完全にクリアする日が、

来るのかもしれない。


2014年に、最新作が、しかも東京が舞台となるといわれている、

20年前に公開されたあの歴史的映画、バックトゥザフューチャーでは、



洋服が自動で乾燥する未来服が創造されていて、未来への期待に夢が膨らんだが、

アウトラストや、空調服が、




世に出てきたこの勢いなら、

あの洋服やホバーボードなんかも、



夢ではなく、『目標』になるのかもしれない。



10年以上前位に公開された、映画『シックス・デイ』、



で描かれた未来では、

自動運転車や、



ホログラムが当たり前になっていたが、




自動ブレーキを日本のスバルが発明し、



トヨタが車体にディスプレイを映す技術を開発した今、







それもまた、『目標』。



映画、映像の世界では、『アバター』の次世代があるとすれば、



ホログラム。


エアロビクスやスポーツのコーチは、自分の好きなタイミングで、好きなポーズを自由自在に扱える、

ホログラムで十分になるだろう。



いつの間にか、"タブー"とされていたクローン技術は



当たり前になっている。


脳に障害がある者の為に創られた



脳波を利用したテクノロジーを開発したのは偉業だ。


人間の可能性は、日進月歩、確実に成長を遂げている。



クローンや、ICチップ移植の倫理や行きつく先、

利便すぎる世の中への成長による怠慢やゆとり、保守、

免疫力の低下や、少子化、


問題は山積みだろうが、こうして人間の進歩の推移を見ていると、

なかなかどうして、エゴ(技術革新)とエコ(地球保護)を両立する、

そんな難関さえもクリアしてしまうような、

人間には無限の可能性さえ感じてしまうのは、私だけだろうか。


2012.01.27 Friday

2012年01月26日のつぶやき

09:54
浪費と消費と投資の話 http://t.co/5aHpJl2q #jugem_blog
2012.01.26 Thursday

浪費と消費と投資の話

 浪費と消費と投資の話


2010年6月12日(土)16:03

【ニューヨーク時事】米オンライン競売大手イーベイでこのほど、

米著名投資家ウォーレン・バフェット氏と昼食を共にできる権利

が慈善オークションに掛けられ、過去最高額となる262万6311ドル(約2億4000万円)

落札された。

競売は6日夜に開始され、11日夜に締め切られた。


慈善オークションは毎年実施されており、今回で11回目。

米メディアによると、これまでの最高落札額は2008年に記録した約210万ドルだった。

落札者は最高7人を同席させることが可能で、

ニューヨーク市内のステーキハウス「スミス・アンド・ウォレンスキー」でバフェット氏と会食できる。 






お金の使い方を大きく3つに分けると、

浪費、

消費、

投資、

ということになる。


この長者番付で、一時はビル・ゲイツを抜いて1位になったこともあるウォーレン・バフェットとの

昼食が、2億4千万円だということは、そのうちのどれに当てはまるだろうか。


無論、それだけの価値のある話や取引までこぎつけるだけの内容になっているのだとすれば、

これを支払った人間は、『投資』だと考えたのだ。


全世界にくまなく名をとどろかす超一流のアーティストの私物でも、

なかなかその額では落札されない。

それに見合う費用対効果の、確信があるのだ。


浪費を抑え、消費を見直し、投資を増やす。

これがお金の使い方の最適化の、最大の根本的考え方である。


だがそのためには、まず何が浪費で、何が消費で、何が投資にあたるのか、

それを自分自身が理解しなければならない。


酒やたばこをのまない人間から言わせれば無駄な浪費に思えるその嗜好的な消費も、

本人の何らかのバロメーターが最適化され、

有効な結果を生むことにつながるための投資だと考えるのであれば、

それは投資になり得ることもあるだろう。




だが、ただの刹那的な現実逃避の酒、タバコ、ドラッグ、ギャンブル、SEXなのであれば、

それは投資でもなんでもなく、ただの浪費である。






そしてもちろん、『その投資』については、その後の人生で一切の責任を負うことだ。





オーバードーズや病気で早死にしても、健全なコミュニティから煙たがられても、

それを死ぬまで貫き続けたら、それは浪費ではなく、

本人にとって必要不可欠だった、『投資』になるだろう。







だが、もし浪費をした人間も、その後、それを悔い改め、その後の人生の良い糧にし、

教訓とすることができたのであれば、

その浪費は、本人にとって"いい勉強になった"、投資だったということになる。





これを考えるときに決して間違ってはいけないのは、正当化をしないことだ。

公正な判断を、自分自身に下せる勇気と謙虚さがあるか、それが一番重要なのである。

決して『周りがそうだから』だとかいって言い訳し、あるいは道連れにし、

自分の人生の責任を転嫁してはならない。




どうせ散りゆくこの人生、

浪費を抑え、

消費を見直し、

的確な投資をして自己実現し、

悔いのない人生を生き貫きたいものだ。


浪費と消費と投資の話

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