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2010.04.05 Monday

モバイルサイトの変遷

評価:
上島 千鶴,古賀 雅隆
日経BPコンサルティング
¥ 1,575
(2009-11-23)

 
ポケベルの時代から、気付けば10年以上。

当時は、公衆電話からポケベルを打つ中学の同級生が、最先端に見えた。


その後、単音の携帯電話、PHSが登場し、モバイル界に革命が起きた。

着信メロディは、3和音、16和音、60和音と変化し、

『そのうちここからCD聞けるようになるんじゃねえの!?(笑)』

とあの時言った言葉は『着うた』として、現実のものになった。


気付いたら俺はメディア側にいる。

やはり人間、少年時代面白いと思ったものを商売にするようになるのだろうか。

俺も半生でいろいろと大きく変化があったが、さて、インターネットの世界は

どのように変化してきただろうか。

数日にわたり、インターネット市場の変化について、まとめることにする。



モバイルサイトの変遷

パソコンサイトの場合、Windows95の導入を皮切りに自宅や会社で

インターネットを利用するユーザーが飛躍的に増え、“インターネット”や

”Webサイト”の認知は一気に広がった。


それから数年を経て、各キャリアが携帯電話でインターネットアクセスが

できるサービスが本格的に始めることになるが、当時は『こんな小さな画面で

インターネットを利用するユーザーはいるのか?』とモバイルインターネットの

可能性について懐疑的な意見を持つ者は少なくなかった。

それもそのはずで、当時の携帯端末の画面は大型端末と言われるもので

あってもモノクロで50字程度の文字を表示できるに過ぎず、今の携帯端末とは

隔世の感があった。


しかし、モバイルインターネットサービスが始まって10周年を迎える2009年、

その利用者数はパソコンのインターネット利用者数に迫る勢いで増えており、

モバイルサイトを使ってプロモーション活動を行う企業も珍しくなくなった。

もはやモバイルインターネットの可能性については業界関係者でなくとも

疑念を差し挟む余地がないことは明らかだろう。


昨今はモバイルサイトの将来性に関する議論は終わり、多くの企業が自社の

マーケティング戦略の中でどのようにモバイルを生かしていくべきかを考える

時代になった。


2010.03.25 Thursday

自然淘汰〜雑誌からネットへ〜

 
自然淘汰〜雑誌からネットへ〜


自然淘汰

時の経過とともに、優良なものが生き残り、劣悪なものがひとりでに滅びていくこと。



講談社は24日、隔週情報誌「TOKYO1週間」と「KANSAI1週間」を、

6月8日発売号で休刊すると明らかにした。

両誌は首都圏と関西圏の主に若者向けエンターテインメント情報誌として

97年11月、99年3月にそれぞれ創刊した。

最大発行部数は創刊当初の33万部と35万部。

同社広報室によると、インターネットなどメディア環境の激変や読者のライフ

スタイルの変化に伴い、最近は共に約8万部まで落ち込んでいた。



アダルト・風俗雑誌がコンビニから姿を消す日も、近いと言われている。

TOKYO一週間には、長い間お世話になった。

しかし、時代の自然淘汰に逆らうことはできないのだ。


図面や書類等の紙情報は20数年前に劇的に減少するといわれていた。

この当時の電子データ化は特殊な装置を使用し、そのものが無ければ閲覧

できないシステムになっていた。

このシステムは最近まで残っており、この光システムが弊害となり、電子化を

進める上で妨げになっていた。

実際何度かこんなものを作成しても何にもならないと言われていた。

紙情報は日本経済の発展に伴い、実質増加した。

しかし近年PCの普及が末端まで普及したため、紙情報は一定の水準を維持

しているようだ。


しかし今後減少していくのは必須ではないだろうか。

現実に全国の役所における完成図書の提出部数は減少しており、今後電子

データのみの提出になると予想されている。



時代に逆らうことはできない。

古いものは捨て去られ、新しく生まれ変わる。

そういう自然淘汰が繰り返されて、歴史が作られてきたのだ。


いくらたばこの業者が大手であり、たばこの値上げで業界がダメージを

くらっても、たばこが有害なものである以上、

いずれは世の中から淘汰されていくはずだ。

原則から考えると、そうなるのである。

そして、次世代の人間が歴史を学ぶときに、

『なぜわざわざ体に悪いものを吸っていたのか?』

と疑問を抱かれることだろう。



ファミコン世代から考えても、3D映画『アバター』には驚かされる。

最近任天堂が3Dのゲーム機を発表したが、いずれ、かつて映画のなにげない

ワンシーンにあった、映像のホログラフ化も当たり前になるだろう。

映像のホログラフ化が可能になれば、いちいち眼鏡を着けなくても立体映像を

楽しめるから、その時代が当たり前になれば、眼鏡を懸けて3Dを作り出すこの

時代も、いずれは『懐かしの時代』に変わっていくだろう。


テレビは白黒からカラーテレビへ。

ブラウン管からハイビジョンに進化し、

アナログからデジタルへ。

そしてテレビの画面サイズが、自由に調節できる日も、近いのだ。


次世代の小学校では、教科書の電子化が当然になる日も近い。


時代の流れには逆らえない。

いくら、『未来永劫、ブルーレイはやらない』と東芝の社長が宣言しても、

お客に『東芝さん、ブルーレイ出してください』と懇願されれば、出すしかない。

消費者のために、企業が存在するのだから。


その東芝がリードするように、電球は、LEDへ。


ビルゲイツと東芝が組んで、次世代原発を開発しているようだ。


温暖化が進めば、世界は燃料を考え直さなければいけなくなる。

石油やガソリンや電気、世界中でサミットを開き、考える。

そして、あらゆる新しい発想、パラダイムの転換が行われていく。


だからこそ、自然淘汰が行われていくのだ。


インターネットの世界は、まだまだこれから飛躍していくだろう。

今のうちから時代を先読み、次の世代の土台、知識、資産を作り上げることは、

賢明だと言えるだろう。



2010.03.21 Sunday

SEOの極意『早、極、楽、安、旨』

 
SEO(Search Engine Opitimization:検索エンジン最適化)


SEOとは、検索エンジンにてユーザーがなんらかのキーワードを検索した

ときに、そのキーワードで特にYahoo、グーグルにて上位に表示させる

ために、サイトの最適化をするという業務である。


現代のインターネットサイトは、もはや『資産』とも言われ、お金を生み出す

ためには、最適なデザイン、最適なサービス、最適なクオリティ、そして、

最適なアクセスが、サイトには求められるのである。


そのアクセスを突き詰めれば、現時点では必ず『SEO』にぶつかるのである。


広告とは、例えば主婦に向けた『八百屋のバーゲンの広告』を、サラリーマンで

ごった返す満員電車のつり広告に露出しても効果が薄いように、

その広告を見せたいターゲットに、的確に商品を露出することこそ、

広告商売の最大のテーマなのである。

SEO、リスティング広告(キーワード広告)とは、広告市場で史上初である

『PULL型(受け身)』の広告市場であり、元来の『PUSH型』の広告概念を覆す、

最先端の技術なのである。


しかし、そのハードルは、決して楽なものではない。

むしろ、粘り強くなければ、この仕事をこなすことはできないだろう。

SEOの極意として5大タブーがあげられる。


【早】  早く仕上げようとする。
 
SEOの性質的に、『早く仕上げる』という考え方は自らの首を絞める結果を生む。

【極】  極端なことをする。

SEOは、その効果の高さゆえに、未熟な市場の時、スパム行為が横行した。
そのため、極端なやりかたをすると、最適化どころか検索エンジンから嫌われる。

【楽】  楽なことをする。

楽をしてはいけない。どんな仕事でもそうだが、楽をして出来るようなページを
検索エンジンは認めない。

【安】  安く済ませようとする。

安いということは、誰でもやれる、できることをやっているということである。
これまでのSEO対策の歴史において、それが長持ちした試しはない。

【旨】  旨い話にのる。

SEO対策は単なる小手先のテクニックの集積ではないか』といった誤った
認識を持ち、アイディアSEOや、コンテンツSEOに移行する時代の流れ
を見誤るな。


これを見れば、ほとんどの人はSEOに対して、軽い気持ちで一歩を

踏み出さないだろう。


SEOは、水商売に近い感覚を覚えるときがある。

そのアルゴリズム(検索結果基準)の変動が、あまりにも激しいからだ。

だがそれは、小手先のSEO技術に頼っているからそうなってしまうのであり、

そもそもユーザーにとって利便性があり、最も適しているとされるサイト作りを

地道に、一所懸命行えば、いずれ必ず努力は報われ、検索エンジンでも

上位表示される日がくるのだ。

アルゴリズムの変動は、常にユーザーの利便性のために行われるからだ。



SEOは、成功したら広告費が半永久的に、タダである。

それで抜群の効果を発揮するのだ。

だが、タダより怖いものはない。

鋭い見識がなければ、その不透明さゆえに都市伝説が飛び交うこの市場で

その権利を確立させるまでに、膨大な費用を費やすこともあれば、大勢の

人手が必要になることもあるし、長期の時間を代償に払うことにもなる。


だが、『登る山』としては価値があり、幾多の野心家を虜にさせるのだ。



『三笠山に登る一歩 富士山に登る一歩 同じ一歩でも覚悟が違う。

どこまで行くつもりか どこまで登るつもりか

目標がその日その日を支配する』

          by 松坂の横浜高校の恩師

2010.02.21 Sunday

女性と男性と検索エンジン

 
『男性は”知ってる話”をしたがり、女性は”楽しい話”をしたがる』

                               by 明石家さんま


今は肉食、草食という言葉があるが、基本、日本の男性と女性には違いがある。

まず、『役目』が違う。体格が違う。

男性は仕事をし、女性は子供を産む。協力し、子供を育てる。

役割の明確化から考えても、男性が体力がつき、女性が家庭的になる。

長い年月をかけ、女性はその美しさの儚さに気付くようになり『知恵』をつけていく。

男性は、長い年月をかけ、人生を強く生きていくために『度胸』がよくなっていく。


女性は、”花の命”が短いことに気づくようになり、花が咲いているうちに、人生を

楽しむようになる。

男性は、花を咲かせるのに命を懸け、時間を費やしていく。


女性と男性とでは、考え方が変わっていく。


男性は、のどが渇いたら缶コーヒーでも満足できる。

女性は、のどが渇いても缶コーヒーでは満足できず、喫茶店に入り、友人とお喋りをする。

男性は、どんぶりの食事で満たすことができる。

女性は、いろいろな料理を少しづつ食べるのを好む。

男性には、お洒落やデザインに無頓着な者が多い。

女性には、お洒落でキラキラしたものを好む者が多い。


男性と女性の、輝く人生のピーク折れ線グラフは、異なる。


”命が短い”女性は、『運命』や『奇跡』に興味を持ち、『占い』を信じたくなる。

”決断・行動力”を迫られる男性は、それが欠如すれば人生を強く生きていけず、

他のことがおろそかになりがちになる。


男性は、手っ取り早いものを好むようになり、

女性は、雰囲気やムードを大事にするようになる。

男性は、用を足すとき、どちらの便器を使うか決断しなければならない。

女性は、用を足すとき、決断をする必要がない。

男性的な”いじめ”は、直接的でわかりやすいものが多く、

女性的な”いじめ”は、間接的な陰湿なものが多い。


男性は、”厳しく”なる。

女性は、”優しく”なる。


もちろん、すべての人に当てはまることはないが、男女の間に、

そういう印象を受ける人は多い。




今、日本の検索エンジンのシェアの概算は、

『Yahoo!Japan 60%』

『Google 35%』


だが、

華やかなトップの『Yahoo!Japan』には、”10代〜50代の男女”、

ストイックなトップの『Google』には、”20代〜50代の男性”が圧倒的に占めるという。


『Google』は最近、CMなどのブランディングに力を入れている。

だが、『Yahoo』と『Google』のトップには、大きな差がある。


日本ではこれ以上、『Google』のシェアは広がらないのだろうか。


特に、日本女性は、『Google』を好んでいくことができるのだろうか。


TOYOTAやJALといった、日本を代表する大企業でさえ、『お客様本位』でなければ

世の中から淘汰されるこの時代。

今、生き残っている企業というのは、愚直に正直に、努力をしてきた人たちだ。

『正直者が馬鹿を見ない』世の中だと言えるのだ。


検索エンジンとは、広告史上で考えれば、類を見ない、『プル(PULL)型』。

『PUSH(押し売り)』ではなく、『PULL(受け接待)』なのだ。

ユーザーが自分で調べたい情報を検索するのだから。


ユニクロ、GAP、ZARA、H&M、フォーエバー21。

不況の時代に、『ファストファッション』が流行する背景には何があるだろうか。


それは、”どんなに不況でも”、”どんなに儚くても”、

人生を、自分の手で選択し、デコレーションし、有意義に過ごしたい、

そういう『選択の自由』が、ある気がしてならないのだ。



今後、そんな『選択の自由』を突き詰めた検索エンジン市場が、

重要になってくることは、間違いないはずだ。








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